「ありたい姿・快」を設定する重要性

アクシスについて

青山学院大学卒業後、リクルートキャリア(旧リクルートエージェント)に新卒入社。数百を超える企業の中途採用を支援。2012年にアクシス株式会社設立、代表取締役に就任。転職エージェントとして転職・キャリア支援をおこないながら、インターネットビジネスの事業開発や大学・ハローワークでの キャリアについての講演活動、ヤフーニュースや東洋経済オンラインで情報発信中。

末永 雄大をフォローする

こんにちは。アクシス代表の末永です。社長ブログです。

弊社アクシスは、東京渋谷でアクシスという20代・30代を中心とした若手ビジネスパーソン向けのキャリア支援事業を複数提供しています。

キャリアコーチングサービス「マジキャリ」転職エージェント「すべらないキャリアエージェント」などを提供しています。

このnoteでは、「すべらない転職youtubeチャンネル(延べ視聴回数360万回)」や「すべらない転職(読者45万人/月間)」では伝えられていない転職やキャリアノウハウだったり、社長としての想いや考え方について、インサイドストーリー的な感じで発信していきたいと思います。

yahooニュース東洋経済オールアバウト新R25などのメディアへの寄稿や、書籍「キャリアロジック」「成功する転職面接」を出版する等、転職やキャリアについて情報発信もしていますので宜しければ読んでみてください。

アクシスの社名にもなっている「軸」=「ありたい姿・快」とは

当社アクシスでは「ありがたい姿」や「快」を、転職者などのお客様や社員・インターン生に設定してもらう取り組みを実施しています。

アクシスの社名の由来は英語で「軸」という意味。「誰もが自分なりの軸にまっすぐに生きられる社会にしたい」という想いから被りやすい社名でSEOなども不利とわかっていましたがこだわって名付けました。

誰もが自分なりの「軸」を持って生きられる社会にしたい理由

幼い頃から「うちにはお金がないから無理、駄目」と毎日言われて育ってきたからか、物理的な生まれや育ち、外部環境などの力に従属する理不尽さを強く感じてきた事、

また、高校時に偏差値30台から一概奮起して受験勉強のみ頑張り第一志望大学に合格し上京する事を達成。大学在籍時に起業し学生にしては多くのお金を稼いだり、恵まれた経験を積めたなど小さいながら当時の自分にとっては成功体験を得てきた経験から、自分に限らずに多くの人が周囲や外部環境に人生を決められたり、流されるのではなく、自らの力で人生を切り開く事で、自分なりの軸にまっすぐに生きる事はできるのだと証明したい意図があります。

また、親や世の中が提示する昔からの人生の勝ちパターンが通用しないどころか崩壊しており、一気に多様化と自己責任論化している中で、一方でそこに対してどのようにアプローチすれば教わったこともなく、困惑している人が多いとも感じています。

そうした人たちに対して、その人なりの軸を明確にして、きちんと自立と自己実現をセットに進捗させていく事を応援したい、そんな想いで会社をやってきました。

「軸」をベースに顧客価値、社員価値を考え続けてきた10年間

そうした想いから、アクシスが運営するサービスにご登録いただいた転職者のお客様への転職支援のスタンスにおいても、その人なりの軸を言語化する事からお手伝いさせていただき、それをキャリアビジョンに落とし込み、そこから逆算した実際のキャリア戦略、求人提案、選考対策、意思決定支援まで一貫して行ってきました。

一方で、アクシスの社員やインターン生に対しても同じ想いで、社員やインターン生の軸=ありたい姿や快を定期的に言語化し、会社や上司とあらかじめ合意を得た上でPDCAサイクルを回す月次面談の仕組みを導入しています。

それぞれの「ありたい姿」に紐付けて、社内におけるキャリアプランであったり、意識的に強化する経験やスキル、個人の課題設定などを棚卸ししすり合わせ、月次目標に落とし込み、やり切ってもらい、翌月に振り返り、そこで得た学びを次に活かすといったPDCAサイクルを回し続けるといった流れです。

それぞれの細かな理論体系などについて深く理解できているわけではないのですが、結果的に概念としては、

  • ①リクルートのWILL/CAN/MUSTのフレームワーク
  • ②コルブの経験学習モデル
  • ③MBO(Management by Objectives/目標管理制度)
  • ④ポータブルスキル育成の研修

上記4つを組み合わせているイメージです。

社会人経験がなく学業なども忙しいインターン生を短期間で活躍させる仕組み

2018年、当時私以外がほぼインターン生であった会社組織とも言えない状況の中で、学業やアルバイト、サークルなどインターンをやらなくても良い状態のインターン生に対して、きちんと動機づけとコミットメントを引き出し、就活の面接でただ単に「インターンをやっていました」とガクチカのネタとして言えるレベルではなく、きちんと実務で成果をあげてもらい、ビジネス戦闘力を高め、社会人と変わらないレベルに育成し活躍してもらう意図で、自分なりに試行錯誤した中で設計した仕組みでした。

一番多い時は、末永だけでインターン生15名ほどの月次面談を毎月実施しており、月の前半2週間近くほぼ月次面談で埋まってしまうという事もよくありました。

しかし、その仕組みによって、末永に依存する事なく、インターン生はコミットメントを高め、自主的に業務に取り組み、メキメキ成長していき自立自走していきました。

結果として、その当時のインターン生はこれまでには感じた事のないビジネスパーソンとしての成長はもちろん、人間的成長を感じられたと言ってもらえ、それを理由に、自ら就活の内定先を辞退してアクシスにそのまま新卒入社を決めてくれたメンバーが多くいました。

しかし、その後組織化していく流れの中で、ここ1年半程はマネージャーの自主的な組織運営を尊重する事に偏り、運用徹底ができておらずでしたが、改めて現状の組織課題を鑑みて、本格的に仕組み化・導入を進め始めています。

社内でもこの月次面談の仕組みを経験した事のないメンバーも増えてきており、内容や意図についても誤解される事も多いため、こちらで解説しておこうと思います。

「ありたい姿」や「快」とは何か?

アクシスでは、「ありたい姿」や「快」と表現していますが、「原動力」と言い換えた方がわかりやすいかもしれません。

人によっては欲望、執着、頑張る理由、好奇心などと表現される可能性もあります。

言い換えたり説明するとキリがないのですが、その人にとってエネルギー量が上がるもの、頑張れる理由、それさえあればご飯が何倍でも食べれるオカズみたいなものでしょうか。

社内では、便宜上「ありたい姿」、「快」と表現していますが、この2つもほぼ同じ意味合いとして扱っています。

あえて2つの違いを説明すると、その人によっての個別性がある前提で、時間軸が未来に対して一定の尺度が存在するものである場合は「ありたい姿」だし、イマココの状態や振る舞いを重視する人は、時間軸の尺度が存在しないため「快」と表現するといった違いです。

ただし、ややメンター側の技術力を要しますがテクニカルに取り組めば、誰であっても両方とも設計できるとは思っています。

まずは快を設計して、それを3~5年後はどんな姿?10年後はどんな姿と設計していくとありたい姿になるためです。

ミッション=快。ビジョン=ありたい姿

企業のミッションとビジョンに置き換えて考えてみるとわかりやすいかもしれません。

  • ミッション=快
  • ビジョン=ありたい姿

です。

ミッションや快は、終わりのない方向性や矢印の向きの事であり、

ビジョンやありたい姿は、そのミッションを進捗させていった際に一定の時間軸で写真に写した場合の姿や状態定義のイメージです。

高邁なものではなく自分が本音で、本気である事が大切

多くの人の第一印象は、こうした「ありたい姿」を定義する取り組みに対して、「面倒くさいな・・、意識高いな・・、息苦しいな・・、やりたい事なんてないんだよな・・、やりたい事がなくても生きていけるじゃん・・」などのリアクションをとりがちです。

また、やりたい事を決めてしまうと柔軟性がなくなり、いざ自分の方向性が変わった際に、手戻りが大きくなってしまうのでは?といった不安も多くあがります。

このような反応を示す人たちを見ていると、自ら勝手にハードルを高く設定してしまっていたり、高邁なものと捉えてしまっているように思います。

先程触れたように、その人にとって頑張れる理由やエネルギーが上がるものですから、社会性のある高邁な事である必要性はないですし、あまり他人には聞かれたくない、大きい声では言いにくい下世話なものでも良いのです。

また、時間軸も、中長期的なものを前提にされがちですが、快においては時間軸さえなくて構わないのです。

一番重要なのは、自分にとって本音で本気であり、そのためなら頑張れる、頑張りたいと心から思えるかどうかです。

たとえば、その人にとって、社会性があるコトの方が燃えられるなら、時間軸が長い方が燃える人ならそうすれば良いし、全く逆でも構わないのです。

多くの人がしがちな反論や誤解に対する個別回答

この後はよりイメージを掴んでもらうために、よくある質問や反論に対して個別に回答していこうと思います。

・やりたい事がない 

そもそも最初からある人なんていません。ありたい姿や快は、どんな人間にも存在しているが言語化をサボっているだけだと思っています。もちろん多くの人にとってこれまで必要性が低かったためとも言えますが。

実際にこれが良い!はないと感じていたとしても、逆に何でも良いというのはないと思うのです。実際に転職支援している際に「やりたい事がない」と主張する方に求人紹介をしても、「〜〜はちょっと・・。〜〜は難しいです。」と必ずおっしゃります。つまり「〜〜は嫌だ」という事であって、逆説的に言えば「〜〜じゃない事が良い」という事なんです。

もちろん人によって程度の違いはありますが、最低限でもそれをきちんと言語化しましょうというだけの事です。

・言語化が苦手

どんなジャンルであってもそうですが、経験数が少ないくせに、最初から得意なわけがないです。できない事だからこそ、たくさんトレーニング・回数をこなして、うまくできるようにするのです。

・今のままで十分幸せなんです

現状維持も一つの要素分解すると快が隠れているはずです。

現状という要素の中にきっとその人にとって大事な要素が含まれているからこそ、現状に満足し幸せを感じられているのだと思います。

しかし、その現状を維持する事も実は簡単ではありません。お客さん、競合も、会社も、社会も、変化、進歩し続けています。

それに合わせて、自分や自分たちも変化、進歩し続けなければ、実態としては現状維持ではなく衰退とイコールになります。

「ありたい姿」は高邁な事だと思われがちと前述しましたが、「ありたい姿」などと言うと、意識高い感じでアグレッシブに高みを目指して挑戦する事を前提としているように思われてしまうのですが、「現状維持」も「保守」もそれがその人にとって非常に重要な要素であるならば、ありたい姿や快の1つだと思っています。

年収において上・下はありますが、個別の人生やキャリアにおいて上・下はありません。あくまでその人の選択の問題です。

実際にキャリアにおいて安定や保守を選択する事も決して楽な選択ではないのです。

なぜならばどんな光にも影の部分があり、トレードオフが存在するためです。たとえばですが、安定した会社に入るともちろん上司も安定志向の人が多く、且つ離職しないために、上のポストが詰まっていたり、仕事しない上司がムカつく・・みたいな事もセットになってきたりするのです。それでもその選択をする事が本当に自分にとって快なのか?ありたい姿なのか?をきちんと精査、認知しておこうよという話です。

・やりたい事を決める人生なんて息苦しい

ありたい姿は極論達成する必要性はないです。何もないよりはあった方がマシだという提案です。

もちろんスタンスとしては達成する意気込みで臨んだ方が良いですが。

自分がどこに向かうかもよくわからず、大海原で延々と漂流している状態は苦しいし、時間もエネルギーもロスしてしまいます。もし進捗していく途中で方向性が違うと気がついたらその都度何度でも変えて構わないのです。それを変えるのも決めるのもあなたの自由なのです。変更に誰かの許可はいりません。(もちろん一日単位でコロコロ変えていたら逆にロスが多くなるのでもう少し深堀りが必要な可能性はあります)

あなたはどちらを選びますか?

一番良くないのは、大海原で漂流してグルグル流されて浮かんでいる事。

車で言うとアクセルとブレーキを同時に踏んでしまい、エンスト状態でそこに留まり続けている事。

その状態で時間経過して、年齢だけ上がっていくのは人生がもったいない。

もちろんときどき休息してホット一息つく事は大切ですが。

どうせ同じ時間や期間、その状態で居続けるくらいなら、極端に言えば何でも良いから、自分が燃えられる方向に旗を立てて、そちらに向かった方が良い。

絶対的にそれが最高!とまでは言うつもりはなく、そちらの方が漂流している事と比較するとまだマシで合理的だから、という提案です。

ありたい姿・快を設定する事の効能

きちんとそこに旗を立てると、以下の効能が得られます。

  • いつまでに、どこに進むべきかがクリアになるので迷わない
  • 進捗感がありやりがいになる
  • 無駄なロスタイムが減る
  • 進捗する事で経験や一次情報が増えて解像度が上がる=やはり自分にはこっちは違ったとより正しい判断ができる
  • 判断軸が明確になるので、周囲や一般論の誘惑やノイズに右往左往しない
  • 同じ時間、同じ経験をしたとしても、より効率的・効果的に自分のありたい姿と関連した知識・情報・スキル・経験・人脈が蓄積できる
  • エネルギー量が上がる(動くと単純にカロリー消費するし、外部刺激を得られるため)
  • プロセスで経験やスキル、実績、信用度、人の繋がりが高まる
  • プロセスで得た知識や情報で、改めて精度の高い旗を立てやすくなる

人生におけるエネルギー量と活動量の重要性

年齢が上がっていくと、感覚知的には30半ばを超えたあたりから、それぞれのステイタス(仕事、家族、住まい、収入、趣味など)が多様化していくなと感じます。そのステイタスによる価値観の多様化や違いがあるのはとても良い事と思っているのだけど、若干気になるのが、エネルギー値が高いか、低いかみたいなところです。

意識高い系=ビジネスや仕事に傾聴と思われがちですが、仕事やビジネス関係なく人生において割と大事なんじゃないかなと個人的には思っています。

エネルギー値が高いと、行動力が増して、カロリー消費量や代謝が上がったり、健康にも良い影響があると思いますし、体温や血流が上がれば、メンタルにも良いでしょう。

このエネルギーを高めてくれる源泉って何なのだろう?と考えていたりするのですが、以下のようなものが直感的にはあるかなと思っています。

僕自身、年齢が上がるにつれて、より痛感する事なのですが、

多くの人は、目標の有無や目標に設定する内容の是々非々にばかりに終始して、活動量・エネルギー量を高く維持する事の重要性、そして目標に向かって活動するプロセスでチャンスを増やし続ける事の重要性を軽視していると感じます。

自分がこのまま大海原で漂流しているだけで、時間経過したら、いつか自分が天から「やりたい事」や「チャンス」がすとんと落ちてきてみつかる!今までの自分とは異なるものに变化して何者かになれる!と期待しているのでしょうか。

「きちんと自分なりの目標が定まるまで動けない」というだけの理由で、多くの時間を無駄にして漂流するだけというのはあまりに見合わないとは思いませんか?

漂流して活動量やエネルギー量を下げるくらいなら、一旦でも自分の心が向かう方向に旗を立てて、活動進捗してみましょう。

活動する中で、経験値という一次情報が集まり、やりたい事が具体化していけるでしょうし、経験やスキルが高まり、パワーアップした自分に声がけされるチャンスも増えていくでしょう。

どうせ筋トレするなら、きちんと部位を意識した効果的な筋トレを

筋トレをする際に、ただ何も考えずにバーベルを持ち上げるよりは、自分が鍛えたい筋肉を意識してバーベルを持ち上げた方が効果的に意識した部位の筋力を鍛えられます。

どうせ筋トレするなら、無自覚に筋トレするよりも、自分が鍛えたい筋肉を意識して効果的に筋力アップさせませんか?

それと同じように、どちらにせよ、どうせ生きているので、どうせ働いているので、同じ時間を経過するなら、コスパ・タイパよく生きませんか?働きませんか?という提案です。

ありたい姿さえ意識できていれば、そのプロセスにおいて、同じ経験、機会、出会いがあっても、ありたい姿を意識した解釈をする事ができ、チャンスを見逃す事も減ります。

目標達成よりもプロセスの価値に目を向けよう

多くの人は目標=達成しなければいけないと思い込み過ぎです。

目印くらいに思ってみてはいかがでしょうか。

もちろん達成できたならそれはそれで良い事ですが、目標は達成しなくても良いのです。目標達成の結果に一喜一憂したり、目標の妥当性にモヤモヤ考えていても何も進みません。

自分で旗を立てて、そこに向かう道中で色々な経験を積む事やそのプロセス自体が人生や働くことを充実させてくれるし、旗と関連した経験、スキル、ノウハウ、人脈もセットで獲得できます。

仮に途中で旗が変わってしまったとしても、そこまでのプロセスで経た経験やスキル、ノウハウ、人脈、さらには思い出もなくなることはありません。

最初の地点でグルグル漂流していたままでいたよりは、よほど多くの経験資産を獲得できており、今度はその資産をベースに、未来の旗を改めて考えてみると、考えられる幅や視野、レベルが高まっている事に気がつくでしょう。

最近の20代のビジネスパーソンに感じる事

特に若い人=Z世代と呼ばれる幼い頃からスマホやSNSが当たり前の世代においては、情報収集と分析力が高いが故の課題を感じます。

彼らと話していると、とても頭がよく、多くの事を知っていたり、分析できていたりと能力が高い人が多いな〜と思う反面、もったいなさも感じてしまうのです。

現実的で冷めている印象、過度に選択の失敗を恐れ、その割に?それが故に?か消極的な意識高い系のように自立志向で自己投資を積極的にする人が多いと感じており、「なぜだろう?」とずっと考えてきました。

色々なケースモデルを情報取得できてしまう、体験や経験が伴わなくても知っただけで一定評価・満足できてしまう、階段を一歩一歩踏み上がるというプロセスをふっとばして、結論だけを見ている印象です。

そのプロセスという経験、思い出、実績、信頼、人のつながり、スキル獲得などを意識できていない、もしくは軽視している印象です。

現在100段目にいる人は、80段目を超えて、90段目、95段目、98段目、99段目を上がったから、100段目にいるのであって、いきなり1段目とか、10段目とか、30段目から100段目に上がったわけではないのです。

そして、その一段一段から経験という一次情報を得て、学び、次の自己決定・意思決定を繰り返し、自分だけの1段を積み上げ続けてきた結果がその人にとっての100段目なのです。

一度の成果や意思決定のみで成功するのではなく、一つひとつの成果と意思決定の連続性こそがその人独自の成功=100段目に繋がっていくのです。

1段目にいる人には、97段目に行くための意思決定はできません。

96段目にまで上り続けてきた人こそが、そこまでで培った経験と知恵、意思決定力を用いて、97段目への意思決定ができるのです。

でもメディアやSNS上では、他人目線としては一気に100段目に上り詰めた人に見えてしまうものです。

そして100段目という情報を取得できる時点である意味で「わかって」しまい、新鮮味やミステリアスさは失われます。人は見えてしまうとワクワクしません。

さらには、「100段目でこれか〜・・」「こんな人だからできたのであって自分は無理だな・・」「仮にこれを目指した最中にこれになれなかった場合、どうするべきか?」など経験がないにも関わらず、分析脳ばかりが働いてしまい、モヤモヤを溜めて自分なりの目標設定を見送り、それらに対抗する意味でなのか手近で確実性の高い無難な選択肢を刈り取りに行っている印象があります。

もちろん個人差はありますし、世代論だけの話ではないかもしれませんが、傾向として強く感じています。

あなた独自の100段目に旗を立てて、そこに向けた独自の1段目、2段目を登っていきませんか?

自己決定が自信と幸福に繋がる

人は自分が自覚できているか否かは別にして必ず選択をしています。今何かしらの仕事をしているのであれば、あなたはあなたのこれまでの選択の連続の結果として今そこにいるのです。

逆に言えば、あなたの未来はこれからの選択の連続の結果で変えていけるという事です。

それが「なんとなく」、「親が強く求めるから」である限り、「自己決定した」という実感は持ちにくいでしょう。

「自己決定する」ためには、自分の判断軸を明確にして、その認知の上で選択する事。そして、良いところだけを見るのではなく、悪い点もきちんと把握した上で、光と影の両方を理解し、メリットに対してセットでついて回るデメリット、つまりトレードオフを認識した上で決断する事が重要です。

そうすれば、自分が決めた事だからと最後までやり切る事ができ、そのプロセスでも目的を意識した上で取り組む事ができ、それが結果として成功でも失敗でも自分の意思決定に誇りを持ち、自信をつけていく事ができます。

そして自信とプロセスで得た経験、スキル、知識、ノウハウ、人脈などを活かして、次のより高い旗を立てて、新たな方向性に向かう事ができるのです。

タイトルとURLをコピーしました